こんにちは ことばのしごとさとうです。
今回はちょっと、
リハビリでも発達でもなく。
私がなぜこんなに縄文時代が好きなのか、
その話をゆるっとしてみます。
歴史は全般好きなんですよ。
戦国時代も好きだし、古墳時代も好き。
でもね、
やっぱり一番惹かれるのは縄文時代なんです。
なんでだろうって考えると、
たぶん「平和さ」に惹かれてるんですよね。
私、両親が青森で。
子どもの頃、お盆になるとお墓参りで青森へ行ってたんです。
で、母方のお墓へ行く時に、
普通に三内丸山遺跡の横を通るんですよ。笑
だから子どもの頃は、
「あーなんか掘ってるー」
くらいの感覚だったんですよね。
でも大人になって、ちゃんと三内丸山遺跡へ行った時、
もうね、めちゃくちゃ感動したんです。
「うわ、本当にここで暮らしてたんだ…」って。
広ーーーい土地に、
柱の跡があって、
竪穴式住居があって、
貝塚があって。
しかも、ただの展示じゃなくて、
“生活の気配”があるんですよ。
ここで火を焚いて、
食べて、
喋って、
笑ってた人がいたんだなあって。
あれ、すごくロマンじゃないですか?
縄文時代って、
「狩りして移動してた時代」ってイメージが強いけど、
最近は、意外と定住してた時期も長いって言われてるんですよね。
だからこそ、
土地への愛着とか、
コミュニティ感みたいなものもあったんじゃないかなって。
私はそこにすごく惹かれる。
で、弥生時代になると、
稲作が始まって、土地の奪い合いが始まる。
そこから権力とか戦とか、
そういう時代に入っていくわけですよ。
もちろん歴史としては面白いんだけど、
私は基本的に平和主義なので、
「みんなで分け合って暮らしてる感」のある縄文が好きなんです。笑
あとね、縄文土器。
あれ、絶対テンション高い人が作ってるでしょ。笑
なんであんなに派手なの!?
炎みたいになってたり、
ぐるぐるしてたり、
「いや料理するだけなら、その装飾いらんやろ」
ってくらい凝ってる。
でもそこがいい。
しかも地域によって全然違うんですよ。
新潟の火焔型土器なんて、
もはやアート作品。
岡本太郎がハマったの、
めちゃくちゃ分かるんですよね。
あと私、土偶が大好きで。
埴輪と土偶って違うんですよ。
埴輪は古墳。
土偶は縄文。
これ歴史好きは急に語り始めます。笑
土偶って、
何に使われてたか実はハッキリ分かってないんですよね。
お祈り説とか、
身代わり説とか、
魔除け説とか色々ある。
しかも割れた状態で出てくることが多い。
でも私は、
「これ何に使うの?」みたいな物を作る余裕がある時代だった、
っていうところが好きなんです。
だって、生きるだけで精一杯なら、
あんなデザイン凝れないじゃないですか。
動物のミニチュア作ったり、
変な土偶作ったり、
装飾つけたり。
“余白”があるんですよね。
もちろん当時は今よりずっと過酷だったと思います。
寒いし、
病気もあるし、
寿命も短い。
でもその中で、
工夫して、助け合って、
暮らしを営んでいた。
私はそこに、
すごく人間らしさを感じるんです。
だから縄文に触れると、
なんか落ち着くんですよね。
「もっとちゃんと暮らそう」って思う。
忙しすぎる時とか、
SNS見すぎて頭が疲れてる時とか、
縄文土器見ると落ち着く。笑
なんなんでしょうね、あれ。
でも、
効率とか成果とか、
ずっと追いかけ続ける現代だからこそ、
「生きる」
「暮らす」
「分け合う」
っていう感覚に、
私は惹かれてるのかもしれません。
というわけで今回は、
私の縄文愛をゆるく語ってみました。
SubstackのPodcastでは、
こういう「ことば」以外の好きなものも、
少しずつ声で残していけたらと思っています。
ことばのしごとさとうでした。








